2014年7月17日木曜日

どうして郡上八幡に来たの??

郡上に住みはじめて、早いものでもう4年半。。。

「どうして郡上八幡に来たの?」

初めて会う人にほぼ100%聞かれる質問

これまで何百回と話してきた事なんですが。。。



この場をお借りして

私が郡上八幡に住む事になった経緯

ゲストハウスを開業するに至るまで

自分のこれまでを振り返る意味でも

書き留めてみようかと思います。



だいぶ長文になりますが。。。



ご存知の方もいらっしゃると思いますが、

私は青森県六ヶ所村で生まれ育ち

中学卒業以降、いろんな場所で

様々な国籍の人たちと生活を共にしてきました。


なんでだろう?
子どもの頃から田舎がキライで、

家を、青森を出たくて

卒業したら都会(=東京)に行く!

という選択肢しか考えていなかったし

都会で働くという事に

何の疑問も持っていなかった当時。



馬車馬のように働き、お金を貯め

目標の一つだった

語学留学のためイギリスへ。

イギリスでもハウスシェアや

住み込みベビーシッターなどをしながら

語学学校に通い、2年ちょっと過ごした後、

東京での生活を再開。



帰国後の東京の住居は、

中長期滞在型のゲストハウス。
(当時は外人ハウスって呼ばれてました...)

20名ぐらいの入居者のうち
半分ぐらいは外国人
(インド、アメリカ、イギリス、フィリピンetc)

派遣で働き、かけもちバイトしながらスクールに通い

福祉住環境コーディネーター

インテリアコーディネーターの勉強

ここでも馬車馬のように働き学費を稼ぎながら

学ぶこと3年。


資格があれば高収入!

高収入があれば幸せになれる!

っていうのを

ホンキで信じてたあの頃。。。苦笑

資格取得後は

福祉用具の会社の住宅改修部署で

体の不自由な方が自立して過ごせるための

住環境を提案するお仕事に就きました。




お客様のほとんどは病気や加齢によって

体が不自由な高齢者。

身体状況だけでなく、

生活習慣、家族関係などを

じっくりヒアリングしなければ

高齢者の住環境の改善なんて提案できません。


お客様の中には、
かつて子ども達と一緒に過ごした大きな家で

不自由な体を引きずりながら

使われない部屋を持て余して生活する方が

たくさんいらっしゃいました。


そのかたわら


新しいマンションやビルが次々と建てられ

一人暮らしの若者たちが

孤独を感じながら暮らしている東京。

お隣さんすら信頼できず

セキュリティーがしっかりしたマンションがどんどん建てられ

古い趣のある建物が価値を見出されず次々と壊されて行く。



私自身、
そんな東京の生活に違和感を感じるようになりました。

心と体って一体なんですよね。


自立した生活をするために、

1人でも生きて行けるように

仕事も勉強も夢中でがんばってきたけれど

30歳を過ぎて体がついていかなくなって

いろんな病気を発症しました。



どこの病院に行っても

“ストレス”

という一言で片付けられ

とりあえず症状を抑えるクスリを何種類も服用してました。


それなりの収入があっても、

医療費や家賃、生活費、

そしてストレス解消のための娯楽に消えて行く。


お金と引き換えにストレスを受けて、

お金でストレスを解消しているような日々。



そんな生活を抜け出したいと思っていた当時。

友人が沖縄に移住したのをきっかけに、

思い切って東京での生活を一旦リセット!

沖縄でおもいっきり羽を伸ばす決意をしました。




沖縄でのーんびりと今後の人生を考えて行く中で

一つ発見した事それは、


これまでの私の人生、

“ハウスシェア”という選択肢とその活用法を知っていたからこそ、

フットワーク軽くいろんな場所に住み、

人々とふれあい、学び、

成長できたという事。

そして多分、

こんな経験をしている人ってとっても稀。

どうせならその経験を活かして仕事ができないかな。。。


「新しい住み方の提案」
「新しい空間の活用方法」


沖縄での休暇が終わる頃

これからどこで、どんな生き方をして行きたいか 

と考えたとき、
青森も東京も戻りたいと思わなかったんです。


「身軽な今ならどこにでも行ける」

↓↓↓↓

「独身だし、自由なんだもん!

どうせなら行った事のないところに行ってみよう!」



そんなノリで新生活の拠点を探してみました。



ノリで。。。といっても

根無し草のように生きるのは

年齢的に多分これが最後のチャンス。

そこに根をはるか、青森OR東京に戻るか


できることなら

人が自然に寄り添って生活していて

地域の人と繫がりが持てる場所がいいな

歴史があって、古きを大切にしつつ

新しい人、事も受け入れてくれる場所がいいな


青森で田舎の閉鎖的な部分も
身にしみて経験している私にとっては

“そこそこ都会も近くて、便利で閉鎖的でないところ”

というのも条件の一つでした。




「海はしこたま楽しんだし、次は山!??」

以前、東京から移住した友人を訪ねて
高山に行ったときの


ザ・山!ザ・川!これぞ日本の風景!

的な印象が心に残ってて、

「岐阜県」「自然」ってキーワードで

仕事を探してみたんです。


そしたら。。。


郡上八幡で、

「半年間期間限定、自然体験インストラクター(住居付き)」

という仕事をネットで見つけました。

郡上八幡なんて。。。

なんとなく聞いた事はあったような無かったような。。。


事前情報はほとんどない状態だったけど

色々調べてみたところ

なんだか風情ある街並がステキ。

名古屋も近い!

移住者もけっこういるみたい☆

半年住んでみて、気に入ったらその後はまた考えよ♫

そんなノリで郡上にやってきました。




2010年1月31日

桜が満開の沖縄県那覇空港から、セントレア空港へ。

そして、まだまだ雪が残る郡上八幡へやってきたのでした。

沖縄では防寒着なんて買えなかったからね。

寒かったな。。。しみじみ

つづく。。。

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